萬虫送り
- noribo
- 6月12日
- 読了時間: 3分
わたしたちの住む集落の隣に、カワセミやチョウトンボの飛び交う堤があります。
この堤の畔、緑豊かな環境に暮らし、郷土の自然や歴史、伝統文化などをテーマに執筆活動をされている尊敬する先輩が、高橋の虫送りについての素敵なエッセイを書き下ろして下さいました。ご紹介します。
萬虫送り
鶴賀イチ
種まき桜に誘われ種を蒔き、立夏の頃に夏野菜の苗を植え、田んぼにも苗が植えられて、会津のそこかしこが農の季節となる。
そんなのどかな季節の一方で、田畑の除草や害虫の駆除などの必須作業も生まれる。特に虫。それは昔から目の敵、戦うべき敵か
いや違う。いつの時代も人々は慈愛と共生の精神に満ちていた。

私の地域では、毎年七月十九日に江戸時代からの歴史を持つ「高橋の虫送り」が行われる。その虫の乗る籠は美しく、夏のひと夜のやさしくて幻想的な風習だ。
その虫籠づくりは、伊佐須美神社へと流れゆく宮川上流の、川を挟んだ尾岐地域の二つの集落で行われる。
東の尾岐窪、西の冑の集落共に、人が乗れるほどの虫籠の本体は数日をかけて古老が作り、いま若者も学ぶ。作り方は多少違うが木の程よい枝を芯にして形を組み、周りを桑の枝や藤蔓、竹などを使って繊細に編み込んでいくのだが、その先の仕上がりは大きく異なる。
東の虫籠には四角の大きな屋根が置かれ、虫送り当日、子供たちや地域の人の手によってたくさんの紫陽花の花で葺かれていく。
西の虫籠は、屋根を青萱で葺きグシを置き、更にホオの葉を幾枚も重ねて籠を覆う。
それらの籠には、各家からの四隅をタチアオイの花で飾られた「萬虫送り」の書を下げた竹の枝が刺し飾られる。

いざ本番、双方の籠には蕗の葉などにくるまれた虫たちが乗る。
その籠を大人が担ぎ、子供たち数人が竹の槍を持ち護衛する。
~ 女籠と呼ばれる紫陽花籠に乗るのは虫の姫、
男籠のタチアオイが揺れる籠に乗るは虫の殿か ~
タチアオイは会津葵さえ思わせて、人々の虫への敬意が伝わって来るようだ。
~ イネの虫も タバコの虫も おくんぞー ~
子供たちの唄と共に送られて来た東西の籠は、高橋の真ん中に置かれて僧侶の読経が始まる。その天まで響くかのような読経の中で大人も子供も手を合わせ、やがて虫籠は法螺貝と子供達の唄に送られて橋の上から舞うように宮川に落ちて流れていく。
こんなにも手厚く虫たちの冥福を祈る人々に、私は感動を覚える。
過疎化や少子化や伝承者の高齢化などが襲う多くの地域の現実を知りつつも、こうした素朴で温かな風習が繋がれていくことを願わずにはおれない。
※1979年の創刊から40年。会津に密着した月刊タウン情報誌「会津嶺」2025年6月号より。許可を頂き転載させていただきました。
(あいづね情報出版舎(有)刊 / https://knpgateway.wixsite.com/aizune)
※写真はイチさんのお宅の周辺で管理人(noribo)が撮影したものです。

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