2025回顧録 / 投稿記事
- noribo
- 2025年12月24日
- 読了時間: 9分
会員さんからの高橋の虫送りに関わる投稿をいただきました。以下ご紹介します。
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2025年2月。今年は雪が多いな、と思っていたら、あれよあれよという間に積り続け、玄関前は雪の山となり、かんじきを履いて外に出た。南側の屋根の雪と地面の雪がつながり、雪囲いの支柱が壊れた。それでも晴れた朝には、木の枝がまとった氷の上に雪が積り、キラキラ輝いて天然のイルミネーションを見ることができた。お彼岸を過ぎるとあんなにあった雪はいつの間にかなくなり、フクジュソウ、カタクリ、イチゲの春の妖精はいつも通り可憐な花を咲かせ、私たちを楽しませてくれた。

「いねの虫もたばこの虫も送んぞう。」
古くから伝わる、虫送りの歌。
会津美里町尾岐地区。ここに、高橋の虫送りという行事がある。冑地区と尾岐窪地区、それぞれに特徴のある美しい虫かごを作り、農業で殺めてしまう虫を入れて丁寧に供養し、高橋から宮川に流して天に送る。そこには、人間以外の命に対する敬意、自然の恵みに対する感謝、そして五穀豊穣を願う気持ちが込められている。昔は多くの地区で行なわれていたが、高齢化や生活の変化で次々廃止となっていった。その中で高橋の虫送りは町の重要無形文化財にも指定され、保存会は何とか2023年まで行事を続けてきた。

その後保存会が解散となり行事も消えかけたが、何とか残したいと有志が集まり「高橋の虫送りをつなぐ会」が新たに結成され、2024年は小規模ながら供養の集いや虫かごの展示を行なった。昔から行事に参加していた地区の人々の他、趣旨に共鳴した町内外の人々が会に参加し、大きな力となってくれた。また地元の宮川小学校がとても積極的で、町の伝統文化を学ぶ、というコンセプトのもと、5月からかご作りの見学や笹飾り等、一緒に楽しく活動することができた。
そして2025年7月19日。前日に梅雨が明け猛暑となったその夕刻、二台の虫かごが尾岐窪の龍門寺に到着。宮川小学校の子供たちを始めあちこちから集まった人々により、虫かごはタチアオイやアジサイで美しく飾られた。そして皆で葉っぱに虫の絵を描き、かごの中に収められた。
虫送りの歌を皆で歌いながら、かごをかついで本堂まで運ぶ。龍門寺のご住職が厳かにお経を唱え、供養が行なわれた。お経を聞きながらふと空を見上げると、真上に虹が出ていた。空も一緒に祈ってくれているようだった。


その後虫かごを交代でかつぎながら高橋に向かう。車が多い県道はかごを台車に載せ、子供たちがロープをひいて運んだ。その間、途切れることなく虫送りのうたが響く。
そして高橋に到着。再びご住職のお経が空に響き、二つの虫かごは橋の上から川に落とされた。川面に色とりどりの花が浮かび、ゆっくりと流れていった。


翌日から、予想をはるかに超えた全国的な猛暑、少雨。そして極地的なゲリラ豪雨。竜巻。幸い会津は九月になり秋らしくなったが、各地で猛暑や豪雨がしばらく続いた。
我が家は西側に山があり木もたくさん生えているので、夕方比較的早く涼しくなるが、それでもこんなに暑いのは初めて。午後は体を動かす気になれない、という日がしばらく続いた。全国的な酷暑のニュースを聞いていると、日本や地球はこれからどうなってしまうのだろう、未来の世代が安心して生きていける環境はもう残せないのだろうかと、暗澹たる気持ちになってしまった。
暑すぎて外で遊べない、プールにも入れない、砂が熱くて海水浴もできないなんて、少し前までは想像もできなかった。 梅雨はしとしとと雨が続き、夏は暑い日差しの空に入道雲がわき、夕立が降って大地が潤う。お盆を過ぎると朝晩涼しい風が吹き、秋の気配を感じる。四季の移り変わりの美しさが日本の宝の一つ、という長年の常識が通用しなくなってしまった。
この暑さに対して、メディアはとにかく「命の危険があります。適切に冷房を使いましょう。」というメッセージばかり。なぜこんなに暑いのかという問に対しては「偏西風が何とか。」や「海水温が高いから。」という説明ばかり。それは確かにそうで、間違ってはいない。けれど、温暖化が叫ばれ始めた頃は、なぜそうなったのか、人間生活の何が影響しているのか、防止するために私たちは何をすればいいのか、がよく話題になっていた気がする。
2011年の震災、原発事故で私たちは本当に多くのものを失い、壊され、元の生活に戻れない悔しさを味わった人々が何万人もいた。しかし一方で、今まで原発に依存してきた私たちの生活とはいったい何だったのか、安全神話が崩れた今、私たちは何を基準に、何を支えに生きていけばいいのか、本当に大切なものは何なのかを考える機会を持つこともできた。
なのにいつの間にかこんな話はどこかに行ってしまい、コロナという得体の知れない感染が全世界に広がり、人と人とのコミュニケーションや密なつながりが悪いことになり、一人で閉じこもってパソコンやスマホを一日中いじる事が当たり前となり、そしてこの熱い空気で外の空気を吸うことさえも「危険」と言われるようになってしまった。
人は金儲けだけが生きがいとなり、一方でいつも詐欺や盗難の被害におびえ、相手は「誰でもいい」という殺人事件が横行し、人を信じられない社会の中で生きている。
「便利」という言葉に人は惑わされ、便利でお金さえあれば幸せになれると、宗教のように広がった情報だけが大手を振って世界を席捲している。国を動かすお偉方は、右も左も同じように「選挙で勝つ」「政権をとる」ことが仕事で、世の中をうまく立ち回ることに優秀な頭脳を使っておられるようだ。
9月。東京で世界陸上があり、しばらく夢中でテレビを見ていた。選手のすばらしいパフォーマンスももちろんだが、競技が終わった後、選手たちがお互い握手したり抱き合ったりしている様子にもかなり感動した。
60年前の東京オリンピックの時私は小学二年生。東洋の魔女や体操のチャスラフスカや重量上げの三宅選手は鮮明に覚えているが、それと同時に「オリンピックは参加することに意義がある」という言葉や、閉会式に各国の選手が入り混じって肩を組みながら、楽しそうに行進している姿も大きな感動として心に残っていた。今その感覚は変わっているのか、いないのか。
それにしても、明けても暮れても「メダル、メダル、メダル。」の文字。メダルが取れれば〇、取れなければ×、という価値観にいつもながらうんざりする。期待されながらメダルが取れなかった選手の心中はどんなだろう。
そして世界陸上のさなかに、イスラエルがガザで大量虐殺を行なったというニュースが流れた。心が凍りつき、悲しく、やるせなく、いっぺんに気持ちが沈んだ。10月にやっと停戦のニュースが流れたが、その後も爆撃が完全に止まったわけではなく、〇月〇日爆撃があり何十人死亡、というニュースが当たり前のように流れた。私の感覚も何だか麻痺してしまったようで、「やっぱり」という気持ちで時が過ぎてしまった。
そして、夏以来毎日のように熊の出没のニュースだ。確かに、人身事故が多発している。私の住む地区は、明神ヶ岳のふもと、熊の住処のようなところだけれど今のところ、畑や庭仕事をしていても散歩をしてもお目にかかってはいない。外に作物は置いていないし、結構視界は開けているので、最低限のルールは守っていると思っている。昔から山に熊は住んでいるが、人が里で出会うことはほとんどなかったという。人を怖がらない熊が増えたとか、今年はブナが不作だとかいうことも原因の一つにはなっているかもしれないが、豊作、不作は今に始まったことではないし、人に会ったら歓迎してくれる、と熊が思っているとは思えない。人を傷つけたら自分が殺されるかも知れない、ということはわかっているのではないか。なぜこんなに事故が増えているのか。。
ひとつ言えることは、山の環境は間違いなく悪化しているということだ。人の手が入らず、ほったらかしになっている植林地にブナやナラは生えず、風力発電、メガソーラーなどにより破壊がどんどん進んでいる。
自然との共存なんて、言い尽くされている言葉だけれど、本当の意味での共存は、とても難しい。温暖化や異常気象、自然破壊は皆、人間の側に原因があるのではないか。だとしたら、少しでも悪化を食い止める責任が、人間にあるのではないか。
10月18日、宮川小学校で「宮川まつり」が行われ、観に行ってきた。それぞれの学年ごとにテーマがあり、それに沿って歌や劇、踊りなどのパフォーマンスが繰り広げられる。7月に虫送りに参加した6年生、実は全員が虫送りに関わった訳ではなく、「地域の伝統行事を守る、続ける」というテーマで虫送り、永井野甚句、西勝彼岸獅子の三つのグループに分かれてたくさんのことを学んできた。。
最初は虫送りチーム。虫送りの歴史や内容について勉強したことを発表し、段ボールや紙で作った二つのかごの他、竹やり、笹飾りも作り、紙の花も飾って素敵な虫かごが運ばれてきた。そして皆で
「いねの虫もたばこの虫も送んぞう」
と歌いながら歩く。

次は永井野甚句。歌、笛、太鼓は皆初挑戦。保存会の方々の指導を受け、どれも見事にこなし、披露してくれた。彼岸獅子も同じく直接の指導や動画を見ながら、難しい笛や太鼓、踊りを一生懸命練習したとのこと。これも見事だった。

そして最後に全員で群読。
虫送り
作物を食い荒らす虫
僕たちが生きていくために
その命を奪わなければならない
その虫を供養し 天に送る
やさしい心で 天に送る
僕たちは虫の命も大切にしたい
虫送り
昔から続く豊穣を願う伝統行事
(中略)
これまで守り続け
それを私たちに伝え教えてくれた人々
その人々に感謝し
みんなにも知ってもらいたい
歴史ある三つの伝統行事
地域のお宝
次は、私たちがつないでいきたい
昔の人の思いを未来へつなぐ
それが僕たちの役目
伝統行事を守る 続ける

六年生全員の声が体育館いっぱいに響き、大きな拍手が沸き起こった。
他の学年も皆一生懸命歌や演技、演奏を披露してくれて、見ていて涙が出そうだった。
今の世界の様々な問題を、良い方向に導いてくれる大きなヒントが、ここにあった。
子供たちは、未来。
子供たちと一緒に、あきらめることなく、歩いていかなければ。
宮川小学校の皆さん、本当にありがとう。
(文 / 高橋の高橋の虫送りをつなぐ会 会員 R.K)



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